星空の就農物語

■自己紹介■
SBSスタッフ越谷営業所 ”初代” 所長
山崎 正和  (やまざき まさかず)

1971年(昭和46年)新潟県十日町市に生まれる。
以後、東京都八王子市高校卒業まですごし、大手小売業に就職して食品売り場でお惣菜を売る。26歳の時に退職。
たこやきの移動販売のフランチャイジーとして独立。半年で挫折。フリーターとしてコンビニのアルバイト店員になる。
このころになにか物を作る仕事につきたいと言う気持ちが沸いてくる。
農業もその選択肢の中に入っていた。しかし物を作っただけでは売れない、営業力を身につけないとたこ焼き屋の二の舞になると思い、30歳で人材派遣会社の営業として再就職する。それから5年が経った35歳にして退職、就農を決意。
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■思い出■

 カップに注がれた3滴の雫 

高校1年生の時、バドミントン部で練習中に半月板損傷を起こしてしまった。
膝に激痛。足をピンと伸ばすと痛み、深く曲げても痛む。だから軽く膝を曲げている状態を保ちつつ歩かなければならず、ちょっとした拍子に膝をピンと伸ばしてしまおうものなら膝に激痛が走るというとってもつらい怪我をしてしまった。しばらくその痛みに耐えながら1学期を過ごし、なんとか夏休みまで耐え抜いて手術をする為に入院する事になったときの話だ。
入院の為にいろいろ検査をして検尿もする事になった。
私は素直に紙コップを持ってトイレへ直行。
チャックを下ろして勢い良く発射。どんどんカップに溜まっていく私の尿・尿・尿。
半分くらい溜まったところで下半身に気合を入れて放尿ストップ。
若かったなー。今、放尿中にストップできるかなぁ・・・。んっ!? 話がそれたから戻します。
そう、半分くらい溜まったカップを目の前の水洗トイレのタンクに置いて
残りの用を足した。
一仕事を終えた満足感で一杯になっていた私は、あろう事かそのままその右手を
水洗トイレのレバーに持って行き力一杯ひねってやった。
ジャジャジャジャジャジャー。
私の勢いが乗り移ったように水が勢い良く流れ出て便器の中をきれいにしていく。
文明の偉大さを感じつつ目の前のカップに視線を移した瞬間、
ジョバジョバジョバジョバジョバー。
なんとカップが泡吹いているではないか。
水洗トイレのタンクに入るはずの水が、私の絞りたての尿の中に勢い良く落下し
その勢いで噴水のようにカップが泡吹いていたのだった。
私も泡吹いた。
当時高校1年生だった、とても恥ずかしがりやだが責任感の強いタイプの私は、
カップの中の水を便器に捨て、再チャレンジ。しかし、膀胱の中にわずかばかり残っている尿はあまりにも少なすぎた。3滴くらいしか出なかったのを今でも覚えている。その3滴の尿の入ったカップをトイレに置いて私は静かにトイレから立ち去った。
「看護婦さん。終わりました。」
若き日の青春の1ページである。




■趣味■
読書。
農業関係のわくわくするような本や相対性理論・量子論などが私にもわかる簡単な言葉で解説してくれている本などが好き。数式はきらい!

昔のアーケードゲームをやる事。
最近のゲーム機のソフトは昔のゲームがたくさん詰まったソフトが結構出ている。結構はまります。特にタイトーとかカプコンのソフトが良い。他のメーカーも出してほしいなぁ。

パソコン。
いつか自分でプログラムを組んでインベーダーゲームを作ってみたい。しかし今は画面の左上に「Hello」と表示させる事で精一杯です。

食べること。
百姓をやればおいしいものがいっぱい食べれて太んない?って勝手に期待しています。