■ 麻痺した
 一応気を使って作業していた。腰周りの筋肉痛は我慢すればいいだけだが腰椎の痛みはまずいからね。
そしたら足先が動かなくなった。2日前くらいから動かなかったんだがさすがにうんともすんとも未だに動かないというのはまずい。
右足の親指と人指し指の間の感覚が無い。車の運転がちゃんと出来ない。アクセルを踏めるけど離せない。朝、出勤して社長に事情を話してそのまま独協大学病院へ直行した。一週間後もう一度通院してMRIを撮った。ショックだった。気を付けていた腰椎の椎間板の一箇所が黒く映し出されていた。テレビで見たことある画像。痛めていた。先生の説明を聞く前にわかった。しかし、これは足の麻痺には全然関係なかった。
以前から痛めてしまっていたらしい。なんとなく自分では自覚していただけに実際に画像で確認して納得した。
でも今はそれを問題にしてる場合ではない。麻痺の原因がMRIではわからなかったのだから。医者も首をかしげる。そして、診察台に横になり膝をチェック。先週はわからなかったがおそらく膝を通っている神経を傷つけてつま先が動かなくなってしまったらしい。
まぁ、腰が原因の麻痺ではないことに少しだけ安心したがこの状態では農作業はちょっと無理だ。原因にもこころあたりがある。
しゃがんで小松菜を収穫していた際に正座を少しくずした女の子座り?で作業していた時があった。収穫作業にも慣れ初めて後はとにかくスピードアップと思い自分の姿勢なんか気にせず夢中になっていた時だ。下が土だからそんな姿勢でも意外と平気。むしろフカフカして気持ちいいくらいだったのだが、その姿勢がおそらくいけなかった。作業を終え立ち上がっても足先に感覚がなかった。
誰でも体験したことがあると思うが正座を長時間して立ち上がった時の体がよろける状態になっていた。でも正座はしていない。
じっとしていた訳でもなく当然だがじりじり移動しながら作業をしていてもそんな状態になってしまっていたのできっとその時に私の膝の中の神経を圧迫しすぎていたのだと思う。誤解されないように一応言っとくが私以外はこんな変な姿勢で収穫していません。
腰掛に座って作業しているのでご心配なく。あくまでも自分の姿勢だけが悪かったのです。どうやら緋骨神経という神経が麻痺しているらしい。
さらに詳しい検査をして診断を確定しますか?と聞かれたがそんなもの確定させたところで意味が無い。
どう考えても緋骨神経が麻痺している症状なのだからその方向でリハビリする事にして帰宅。
その日の夕方、動かない足を眺めながら考えた。そしてフジイ園芸の社長に会社を辞めますと伝え、農業との関わりを自ら途絶えさせた。
しばらくの間、頭の中には何もなく、ただただ何もやらずにぼんやり日々を過ごしていた。

星空の就農物語

■ 就農相談会 ■

 15時頃さいたま市市民会館で就農相談をうけた。緊張の中、
「こんにちは」
中にいたのは二人の相談員の方で私と同じく就農相談に来ている方とお話されていた。
そのうちの一人、半田さんが私の相談に乗ってくれた。まず、アンケート用紙を1枚手渡されてそこにある質問事項に答える。
住所、名前、就農希望地、現在の貯金、就農形態(野菜、採卵、稲作、など)家族形態等の質問に答えを記入していく。5分くらいで書き終わった。 相談員の半田さんがその用紙を見ながら私に質問する。
「就農希望地はどこを考えているのですか?」
アンケート用紙に記入したのだが今度は口頭での質問だ。念をいれているつもりなのかな?。
私は草加市(埼玉県)周辺での就農が希望なのでそう書いた。だから、
「草加市とその周辺でやりたいです」
と答える。そうするとちょっと困ったような表情を浮かべた。予めちゃんと解っているが草加市周辺での就農は難しいのだ。
だからすぐに
「春日部、松伏、庄和町のほうでも問題ありませんが」
と言ったが、表情は変わらなかった。そしたらすぐに農業大学に入学するのが遠回りのようで一番の近道だと言う。
勉強しながら実地研修を通じて農家の方と知り合いになり個別に農家に研修をお願いして自分のやりたい作物の育て方などを勉強したらよいと教えてくれた。
 だが、私には勉強しながらのんびり就農準備するだけの余裕なんかない。自慢じゃないが貯金は限りなくゼロだ。それを言ったら、認定新規就農者になれば月5万円の就農準備金を借りられると教えてくれた。それでも足らない。ちなみに授業料は1年間で12万円くらいだそうだ。これは非常に安い。少し心が揺れた。なんかいきなり結論が出てしまった。 ちょっと物足りない。なのでこちらから今日ここに来た趣旨を話した。
「今日ここに来たのは就農準備の為の農家の研修先の情報と研修中に借りる事ができるはずの就農研修資金の借り入れ方法を教えてもらいに来たのですが。」
相談員の半田さんの答えは私が期待していたものとは違っていた。農家の研修受け入れは現実問題として厳しい。研修資金の借り入れは認定新規就農者にならないとか借りれない。なる為にはまず自分で農地30a(アール)くらいを使える目処をつけてからでないと認められないという。
???
私ば意味がわからなかった。半田さんは私が理解できないような表情をしているのを見て無理もないと思っていた。半田さん自身も就農研修資金の貸し出しについては新規就農者にとってかなり難しい条件だと言う事を良くわかっていた。そりゃそうだろう。これから就農したいと志し、その第一歩としてここに来たのだ。研修資金を借りる為にはまだ耕すことも出来ない農地をまず用意しなければいけないってどういう事だろう。借りたら即、就農でしょ。普通は。研修しながら農地の借り賃を払わなければならないし、借りた農地はどうするの?手付け金だけ置いてくるの?なんて内容の事を質問した。
そしたら土地を借りられる目処だけつければ良いとの事。しかし研修だけでも大変なのに農地探しもやらなければいけないなんてちょっとおかしい。そう思いながらも今度は研修先の話にうつる。半田さんは言う。埼玉県内では露地栽培で人を雇うほどの規模でやっている農家は少なく受け入れ先を見つけるのは難しい。そこで話は戻るがまず、農業大学に入って農家とのコネクションを作るのが遠回りのようで近道ナノだと言う。そして別の方法として農業法人に就職しながら農地を探し、技術を身につけあらためて認定新規就農者の認定を受けにくると飛躍的に就農研修資金の借り入れを受けやすくなるとの事だった。
そうか。わかった。全くの素人にはお金は貸せないということだ。考えてみれば当たり前のことだとすぐ納得した。そこまで話して部屋に用意してあった資料を片っ端からいただいた。その中に
「求人情報・フジイ農園」
と書いてある資料があった。所在地は越谷市。私はここしかないと思ってしまった。

〜 プロローグ 〜

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■ そして・・ ■


松伏町に農地を借りて野菜作りを始める。








■ 決断
 いつまでもぼんやりしていられないので情報収集にとりかかった。、足の方は少しづつ回復している兆しはあった。
でもまだ痺れは無くならない。インターネットが唯一の情報源のなか、いままで気づかなかったサイトのリンクをたどっていった。
すると結構農業関係のサイトがあった。例えば埼玉県のサイトをあっちこっちたどっていくと農林振興センターのページが有り、さらにたどっていくと農業関係の団体のリンクや生産者(団体)のリンク集がある。初めて見つけたよ。わかりづらいよねー。
でも私にとっては情報の宝庫だった。これから後の事を考えると大発見だったと言っていいかもしれない。
そのサイトの中から農業経験を積ませてくれそうな石垣園芸さんとしゅんアグリさんにメールを出した。
石垣園芸さんで一日農業体験をさせていただいた。作業が終わり、自宅に上がらせていただき色々就農についての相談にのっていただいた。そのときのアドバイスはこれから就農を目指す方達にとっては非常に重要なものだった。
それは、「就農を目指す人は今の仕事を辞めてはいけない」という事。心の中で「とっくに辞めちゃったよっ」と思いながらもその通りだなと思う。石垣さんはさらに言った。農業は一年365日休みが無い。今の仕事をやりながらでも週に1〜2日は市民農園や自分の家のベランダででも作物を作って経験を積むべきだと。そうやって休みの無い生活を体感してから本格的に始めても遅くは無いと。
生活の基盤である現在の仕事を辞めるのは数年分の生活費と農業経費の貯金をして技術をある程度身につけてからだと。
今の人はすぐに仕事を辞めて農業に飛び込んでいき、そして金銭面で行き詰まり挫折してしまう。だから退職をはやまってはいけないと。
私の胸にグサグサと突き刺さる言葉。石垣さんは私の年齢を聞いた。「35歳です」と答える。そしたら「まだ再就職出来るね」と暖かい言葉。
ごめんなさい石垣さん。再就職する意思は全くございません。でも、バイトはやらなきゃいけないかなぁって気がしてきた。
念の為言っときますが石垣さんは別に私にお説教してた訳じゃないですよ。農業をやっている者としての実感を正直におっしゃってくれただけです。身と心が引き締まった。

石垣園芸で農業体験をした2日前。しゅんアグリの臼倉さんに会っていただいた。サイトでは就農したい人をサポートする体制をつくろうとしているというふうに書いてある。なかなかこういうふうに書いてあるサイトは少ない。
早速メールを出し会っていただく約束をさせてもらうに至った訳です。私は心の中では給料をもらいながら勉強出来るのが最良と思っていたが、もし、人を採用出来る状態では無ければ無給ででも仕事を手伝わせてもらうように頼むつもりでいた。
自分に背水の陣を敷いた。そして臼倉さんとの会話の流れから無給で仕事を手伝わせて下さいとお願いする。
研修初日を2月5日からと約束した。その後、小松菜・大根・スティックセニョール(ブロッコリーの一種)レタス・キャベツ等などの播種(種まき)や収穫、トラクターや一輪管理機の操作。トンネル貼りやマルチ敷き。矢倉(ナスやエンドウ等を誘引する為の支柱)の組み方やハウスの建て方、お仲間の農家の方や種屋さんの紹介などなどなどなど・・・短期間で様々な経験をさせていただく事になる。
まさに求めていた環境だった。

■ 新規就農の為の第一歩
 今日からフジイ園芸で働く。しばらく天気が悪い日が続いたが今日は快晴。若干の緊張のなか皆さんに挨拶。
作業は、朝8時〜16時半まで。実際は30分前から作業が始まり、17時ごろ終わる。記念すべき最初の作業はハウス内での小松菜の収穫作業。小松菜は根っ子あたりからきちんと5本の指でつかんでゆっくりまっすぐ抜く。らしい。
らしいと言うのはまだうまく出来ないから。しっかり5本の指でつかみ力を分散させながら抜かないとすぐに茎が「パキッ」と音を立てて折れてしまう。たったこれだけでもかなり難しい。さらにきちっと抜けたら色が悪かったり虫食われの葉を落とし、根っこに付いた泥を手ぬぐいで落とす。
これを片手に4〜5本ためたら結束機に並べて置く。もう一回同じことをして8本〜10本だいたい400グラムくらいになるように結束機に並べてレバーを「ガチャッ」と下ろす。するとバーコードが印刷されたテープがくるっと小松菜を巻き上げて出来上がり!
なのだがこれがなかなかうまく出来ないんだなー。まずさっきも言ったが抜くときに茎をポキポキ折っちゃう。
虫食われの葉っぱを見逃す。根っこの泥を落としているつもりが小松菜全体が泥だらけになってる。結束機がうまく使えずにうまくテープが切れないし、テープを巻いた位置がなぜか下のほうになってしまう傾向があって散々注意されまくる。
一向にうまくならないままに午後2時半。一応、腰掛を使ってはいるがしゃがんでの作業なのですでに腰が悲鳴を上げている。
非常に不安な気持ちのまま作業場に戻る。今度は小松菜の出荷作業だ。冷蔵庫に入っている昨日の小松菜と午前中に収穫した小松菜を箱詰めした。農協に出荷分の140ケースと長野の市場に出荷する30ケース。合計170ケースを1ケース20束入れて梱包しトラックに積み込む。
これを4人でだいたい1時間半で行った。途中一回腰に危険を感じる痛みが走る。明らかに筋肉痛とは違う、背骨の中の方からの痛みだ。
ここで痛めたらもう終わりだ。しかし、ペースダウンするのはプライドが許さない。ただでさえ手際が悪く他の3人よりスピードが遅いのに、作業スピードがスローダウンするのは許せない。だがその後は危険を感じる痛みは出なかったので一安心。
午後5時。終わった。短かったような長かったような一日が終わった。自分の家の風呂に30分くらい入り、筋肉痛が少しでも和らぐことを願う。
もちろん翌朝。午前5時半に目が覚めたとき、体が全然動かなかったのは言う必要ないだろう。さらに三日後。思いもよらない事が起こるとは。

■ 面接  ■


おととい行った就農相談で知ったフジイ園芸を訪ねた。越谷市の元荒川沿いで小松菜を専門に作っている農家だ。有限会社にしている。楽しみだ。このあたりは今の仕事でよく通っていて横目で露地栽培している畑を見ながらとてもうらやましく思っていた。そんな所に今働かせてもらいに訪ねて来ている。実は今も仕事中だ。中抜けして来てしまった。まぁ営業だからこんな時間もあっていいかな。目の前にお百姓さんがいる。フジイ園芸を訪ねたら隣の畑を指差して教えてくれた。パートさん達が働いている。社長を訪ねると黄色い屋根の一軒屋にいるとのことなので早速向かう。呼び鈴を押して、
「こんにちは。」
応答が無い。なので勝手に庭の中にお邪魔して中に進む。すると事務所らしき中で犬と戯れているおじさんがいた。痩せ型だがゴツゴツしていて力強そうな体格だ。視線を上に向けると色黒でちょっとおしゃれな感じの角刈りで茶髪。キョロっとした目をこちらに向けて、
「何?」
自己紹介開始。用件を言う。そしたら目の前のおじさんが社長だった。中に向かえ入れていただき話を聞いてもらった。就農相談に行った事。今の仕事は年内で辞める事。年が明けたらすぐにここで働きたいこと。ここで働く目的は将来、百姓になりたいという事。目一杯しゃべった。社長が申し訳なさそうな目をしながらこっちを見ている。だめかなと思った。
「今ねぇ忙しいんだけどねぇ。なんせこの陽気でしょぉ。ちっとも良くねぇんだよ。出来過ぎちゃってさぁ。うち来るならいいよぉ。タネまけばいいからさぁ。そっかぁ、こないだも若い子が来たんだよ一週間くらい前かなぁ。まだ判んないけどねぇ。」
これが埼玉弁?それと越谷弁?という感じで話をしてくれた。最近は気候が良くて野菜が大豊作なのだそうだ。なので小松菜の価格が暴落してちっとも儲からないらしい。農業の厳しさを垣間見た。しかし採用の方は一瞬断られるかと思ったがあっさり受け入れてくれた。いつでもいいから働きに来る前に連絡してくれと言われ準備しなきゃいけない物や簡単な作業内容を教えてもらった。
よし。これで収入は確保出来た。労働条件なんか一切話ししてない。でも、なんとかなるかな。なるでしょ。
農業経験を積んで土地探しだ。